難儀な人たち
ここ最近、ガイ=オーガブラッドの朝は遅かった。
普段ならば、まだ誰もが寝ている時間に目を覚ますと、誰も居ない地下室で誰にも見せる事の無い、地道な鍛錬にいそしんでいるのだが……
「あ、おぢさん、おはよう」
「……おはよ」
それをしないのは、エプロン姿で台所に立つ、赤毛の女性――マカラを起こしてしまうからだ。と、いうか……一緒に寝てあげないと、彼女がむくれるのだ。
これは怖い。いや、冗談でなく怖い。
包丁がまな板を叩く音で目を覚ますのは、酷く幸せな気分ではあるのだが……同時に微妙な後ろめたさもついてまわるので、手放しには喜べない。
「なあ、朝ごはんくらい俺が作るってば」
ご飯と味噌汁。それに味付け海苔と納豆にだし巻き卵という、質素な食卓で、ガイはその料理を作った主に、そう切り出した。
「あの変わった『ハーブちまき』と、変わった味の味噌汁と、『ヒナ入り』のゆで卵?」
微妙に得意気に語るガイに、マカラは、少し複雑な顔をした。
いずれもガイの郷里における朝の定番料理なのだが……慣れない人には、ちょっと覚悟の要る味だったりする。特に、中に『孵えりかけ』のヒナが入った茹で卵を、つついて割ってしょう油かけて食うのは……スプラッタに慣れた彼女じゃなければ、嫌がって放り出していただろう。
「私の料理、そんなに不味い?」
エプロン姿で見上げるように言うマカラ嬢の言葉に、今度はガイが戸惑う。
「……いや。美味い」
「だったら、文句言わない」
ぺちっ、と頭をはたかれる。
(まったく……どうして俺の身の回りには、難儀な女しかおらんのだ)
ずずっ、と味噌汁をすすりながら、自分の事を棚に上げて心の中でガイはぼやいた。
ガイの狭苦しい家に、マカラが夜毎に『お泊り』に来るようになって、はや1ヶ月がたとうとしている。
最初は「ああ、一人で寝るのが寂しいんだろうなー」などと、何処か父親ぶっていたガイだったが、ここ最近は、それも限界に達しつつある。
そもそも、ガイ自身、本質的には、子供と言っていいくらいの精神構造の持ち主である。とはいえ、その外見は……なんというか、渋みの利いたオッサンなのだ。まだ二六だというのに、である。
まあ、外見上の問題だけならば、特にガイは気にも留めずに、己の心が思うまま振舞っていただろう。元々、そーいうことを気にするタイプではない。
だが、現在、ガイは二男一女の『父』である。そして、イロイロな意味でハッチャケてるとはいえ、ガイはガイなりに『父親像』というモノは抱いているし、考えてもいるのだ。
『子の手本であれ』
それが、ガイの中にある父親像……と、言ったら言い過ぎだろうか?
無論、ガイ自身、自分の父親の情けないトコや、だらしない所を知っている。だが、その一方で尊敬すべき所というのも、ちゃんと見ている。
そう、子供ってのは、意外と見ているトコは見ているのである。それを、未だにガキだという自覚のあるガイは、身をもってよーく知っている。
だからこそ、無理を承知で大人として振舞っている所も、ある。それが自分という存在に好ましい影響を与えている事も知っているし、ある意味、子供に育てて貰っているという、自覚もある。
それゆえに……マカラの積極的なアタックに、答える事が出来ないのだ。
「ある人に告白して、ふられました。で、その娘さん誑かしました。年齢は一歳で、しかも、告白した人のクローンです。
……犯罪だ、どぉ考えても」
マカラの外見年齢は20歳。だが、実年齢は1歳ちょい。いくら、クローンの学習能力が高く、精神年齢はもーちょっと上とはいえど……やっぱり、イロイロな意味で、手を出したらイケナイものだろう。
無論、『いーじゃんいーじゃん。誰にも迷惑がかかるわけじゃないしー』とか『汝の欲望のままに行動せよ』とかいう風に割り切れば、一緒になることは簡単である。単にOK出せばいいだけだし。寝ている時に押し倒せばいい。
だが、一方で、そーいった考えじゃ『父親』は勤まらないし、それ以前に『男』も勤まらない。無論、実際ガイはそんな立派で大層な人物ではない。これまで、エレジだけでも、やらかしたバカの数は両手に余る。が、それでも『そう在ろう』というスタンスだけは、放棄する気は起きない。絶対に。それだけは。
実に、難儀な野郎だった。
そんで、そんな難儀さを知って……『かわいい』といってつついて来る女性が居たりするのも、また事実だ。
たとえば、マカラのような。
「あー、ちくしょう」
葛藤の中で、天を仰ぐ。
一番、簡単な答えは振ればいい。ただそれだけである。
だが、ガイはマカラを嫌いなわけではない。尊敬できる面もあるし、面白いし、可愛いし、できれば今までどおりでありたい。というのは、野郎の勝手な言いぐさであって、相手を余計に傷つけてしまう元である……なんて事まで気が回ってはいても、あまり気にはしてない。
まあ、こう見えて、ガイは欲張りである。現実的な妥協が出来ないではないが、常に後悔しない選択肢を選ぶ主義である。
だからこそ……こーいった二者択一の問題には、常に悩むのだ。『父親』の立場と、彼女の思い。その両方を取れる、後悔の無い『第三の選択肢』を探して。それに、二者択一を押し付けられれば押し付けられるほど、ガイはそーいった『第三の選択肢』が見えてくるタイプである。そのハズなのだが……
「……どーしよう」
滅多に聞けない、ガイの途方にくれた「どーしよう」が、悩みの深さを物語っていた。普通、追い詰められた時のガイの言葉は『なんとかすっか』なのだが……
「はは……我ながら、久し振りに聞いたな」
絶体絶命。後は無い。
だが、まだ笑える。笑えるのだ。何を心配する事は無い。
こういう時の、自分の直感は外れたためしは無い。笑える時は、まだなんとかなる。
そして……その時、初めて思い至る。
「ああ、そっか!」
『可愛い』と『愛しい』の違いに。同じ『好き』ではあっても、その質の違いに。
どっちが上、ということはない。むしろ、どっちも同じくらい大切なものだ。
だが、ガイにとって、マカランは『可愛い』存在なのだ。だからこそ……
「答えなんて、考える必要は無かったか」
下手な考えナントヤラ。自分の馬鹿馬鹿しさに、再び笑いが込み上げてくる。
現状維持。
とりあえず、今、それで問題無いのなら、それでよし。焦る必要は無い。幸か不幸か、やましい所も無いし。
うん、それで行こう。多少読み違えていても、ちょっぴりマカランが傷つく程度だ。問題あるまい(最低)。
「のんびり行きますか」
と、今後の方針を決めた昼下がりに、唐突に玄関の扉が叩かれた……
「おぢさーん♪」
そして、今日の夜も、押しかけ妻よろしくマカラがやってくる。が、今日は妙にガイの家が明るかった。
「……?」
いつもの調子で扉を開けようとして……何やら、独特の料理のにおいが、狭い掘っ立て小屋のような家から漂ってきた。独特のハーブが効いた匂いが、ガイの郷土料理に特徴的なものだという事に、マカラは思い至った。
「あなた、ほっぺたにオベントウがついてるわよ」
「あ、ほんとだ……」
「……」
最初は、空耳かとも思った。だが、確実に『そーいった』意味合いを含んだ中の良い男女の声が、小さな家の中から聞こえてくるのだ。しかも、片方は聞き覚えのある――とても、とても聞き覚えのある声だった。
「だめ。動かないで……とってあげるから」
「ああ、ありがとう……カナ」
絶望的な気持ちで、マカラは扉の前に立ち尽くした。自分がピエロだと気がつく瞬間というのは、こんな気持ちなのだろうか。
と、同時に、猛烈に腹が立った。
『他に好きな人が居たらどうする?』という、ガイの質問に「ちょっぴり『焼い』ちゃうかなー」なんて、冗談めかしてガイに答えていたが……どうやら、ちょっぴりどころじゃ納まりそうに無かった。むしろ、頭からつま先まで、ウェルダンに焼き上げてしまいそうだ。
ブバンッ!!
おもわず、反射的にガイの家の扉を空けると……何かの間違いであってくれという一縷の願いも空しく、予想通りの光景が広がっていた。
食事が置かれたちゃぶ台に身を乗り出して、ご飯粒のついた男の頬に口づけする女性。そしてやけにこざっぱりしてる男の顔は、まぎれもないマカラにとっての『おぢさん』の顔だった。
「え、あ……」
「おぢさんの……おぢさんの、バカァァァァァァァッ!!」
チュドーン!!
猛烈な火柱が立ち上り、爆音がドリダッド砦を揺るがした。
「で……」
ガイ=オーガブラッドは、正座してうなだれるマカラを前に、頭を抱えていた。
「弟夫婦の夕食をカンチガイして、俺の家半分、真っ黒焦げにしたわけか? まあ、弟も爆炎使いだから、とっさに防御できたからよかったものの……」
ガイ=オーガブラッドの双子の弟、レイ=オーガブラッドが『新婚旅行』にエレジタットを訪れたのは、昼過ぎのことだった。勿論、結婚した事なんぞ、ガイには知らせてない。だからこそ、びっくりさせてやろうと思って、突然の訪問を計画したのだ。
ところが、旅行宿が一杯だったために、ガイは弟夫婦に自宅を預け、今晩は事情を説明して城の親衛隊待機室にでも泊まろうかと考えていたのだ。
「だって、だってぇ……」
「だってもクソもありません。ごめんなさいは?」
泣きじゃくるマカラを前に、ガイは最近板についてきた説教のりでマカラをしかる。
「……ごめんなさーい」
うなだれるマカラを前に、レイもカナも苦笑を浮かべる。
「いいよ、いいよ気にしなくて。僕もカナも何とも無いし、君が来るの分かっていて連絡しなかった兄さんも悪いし。それに、結局燃えたのは兄さんの家だから」
爽やかな顔で、しれっと言うレイ。
「ほぉ……そぉ来るかね、愚弟?」
「何か間違いが、極道兄貴?」
そのまま、つかみ合いの殴り合いに発展するのに、さほどの時間は要さなかった。
そんな修羅場のなか……
「えーと、マカラちゃん?」
唐突に、レイの奥さん――カナが、マカラに話し掛けてきた。
「いろいろと大変なお義兄さんだけど、今晩よろしくお願いね?」
それだけ言うと、カナはテクテクと実力伯仲修羅場絶頂な殴り合いを続ける二人の間に割って入り……
ぴち! ぺし!
一撃の下にレイとガイを軽いチョップでたしなめて沈黙させ、ズリズリとレイ引っ張って辛うじて原型を保っているガイの家へと連行した。
(……さて、困ったぞ……と)
昼下がりまでの現状認識の甘さを痛感したガイは、おもいっきり頭を悩ませていた。
火力を放出しきってクタリと寝込んでる、イロイロな意味で文字通りの『爆発物』への対処を、根底から考え直さねばならない。
(まさか、なぁ……とは思ったんだが……)
先刻、ハッキリと行動で示されたマカラの嫉妬の感情に、ガイはため息をついた。
恋愛とは須らく、独占欲を伴うものだ。そして、感情というヤツは、理性と対話するコトはしても、素直に言うことを聞いて従う事は、絶対に無い。
それでも『可愛い』までならば、マカラでも理性が対処できる範疇だろう。感情と交渉し、折り合いをつけ、双方を納得させる。だが『愛しい』に至った日には……残念ながら、おそらく交渉の余地はない。そして、ひたすら今日のような暴走を繰り返すであろう事は、想像に難くない。
(こりゃ、早急になんとかせんとイカンよなぁ)
ガイの頭の中を、知人や友人の顔が駆け巡る。あいつならどうする? やつならどうする?
そんな考えがグルグルと頭の中をめぐりめぐるうちに……
「……親父だったら?」
かつて、自分を育てた父は、こういう時、一切口を出さなかった。ただ『最終的責任だけは取りなさい』とだけ言い含め、後は面白がって見ているだけだった。
今にして思えば、相当の親バカで自信家と言っても、過言じゃあない。と、いうか、自分が親の立場になってみて、はじめて認識できた。
生憎と、ガイは自分自身そんなに素晴らしい親じゃないと、自覚している。息子に何かがあれば、アタフタとパニくるよーな……そんな右も左もわからない素人パパさんだ。
そんな親に、何が出来るのか。
『示す』。
ギリギリイッパイ、自分に実行可能な『理想』を示し、それを演じきる事。
無論、それに反発するか、従うかは息子たちの自由だ。だが、示した事によって『何か』を息子自ら考えて、掴む事はできるはずである。少なくとも、ガイはその程度には、息子たちを信用している。
そして……一番最後に、全てを踏まえた上で問いかけた。
『自分なら、どうする?』
以外にも、答えはアッサリ出た。
「……は、はは」
泣きたくなった。自分が、そこまで正直なバカヤロウだったとは。
だが、答えは出てしまった。そして、答えが出た事柄に対して、躊躇するほどガイは愚かではなかった。
「息子に嫌われるかもなぁ……まあ、それは天のみぞ知る、か」
「ん……むー」
朝。独特のハーブの匂いと、包丁がまな板を叩く音で、マカラは目を覚ました。
その匂いに一瞬、ガイの家かと錯覚したが、見覚えのあるヌイグルミに、自分が自宅に運ばれたのだと気がついた。
「おはよ、マカラン。朝ごはんができてるぞ」
いつもの格好にエプロン姿で台所に立っているガイ。
包丁を扱うその手つきは、それなりにサマになってるものの、よすぎる体格のためにタダでさえ小さめのエプロンが、よだれかけに見えてしまっていた。
「……おぢさん、私」
「はやく食え。冷めると不味い」
切り出そうとするマカラの言葉を遮って、ガイはテーブルに料理を並べる。
妙に重たい沈黙のなか、黙々とガイとマカラはテーブルに並んだ料理に箸を伸ばし、片付けていった。
そして……
「マカラ、お前が好きだ。お前を俺の女にしたい」
全てを食べ終え、双方、一心地ついた後に一言。ガイはマカラに告げた。
「え?」
あまりにも唐突で端的な物言いに、マカラは戸惑った。
「嫌か?」
マカラの瞳を見据え、ガイは静かに問いかける。その態度は、真剣そのものだ。
再びの沈黙。
やがて……
「……え、うっ……」
言葉にならない言葉が沈黙を破り、真珠色の涙がマカラの瞳からこぼれた。
「泣くな」
歓喜の嗚咽が漏れるマカラの唇を、体ごと抱き寄せたガイの唇が塞ぎ、そして告げる。
「お前は俺の女だ。いいな」
抱かれたガイの胸の中で泣きじゃくりながら、小さく、しかしハッキリとマカラはうなずいた。