『His Lament 〜誰にも聞こえない彼の叫び〜』
『それ』は唐突にやってくる。確かに、幾多の者が語るとおり『それ』に至る遠因は多々あり、また『それ』の事の進め方そのものは迂遠ですらあるのだから、『唐突』という物言いは正確では無いのかもしれない。だが、当人が『それ』の進攻を初期段階で察知する事は難しく、ゆえに、当人にとっては『突発的な知らせ』という形でしか伝えられない事の方が、圧倒的多数なのも事実なのである。
そう、『手遅れ』となってからでしか『それ』は伝えられないモノなのだ……
ピキィィィィィィィィィッ!!
「……っっ!!」
朝。ガイ=オーガブラッドは、朝食を採っている時に、ソレを知覚した。
(まさか……まさか……)
目の前に置かれた、フレッシュ極まりない冷たい牛乳を口に含んだ瞬間、全てが凍りついたような衝撃が肉体を駆け抜けたのだ。
(何かの間違いだよな……)
恐る恐る……確認のために、再度牛乳を口に含み……
ピキィィィィィィィィィッ!!
「〜っ!!」
過去、幾多の修羅場をくぐってきた歴戦の猛者が、一瞬、本気で悶絶した。
(第1級非常事態発生、第一級非常事態発生、総員ただちに現在の作業を放棄し、持ち場へと急行せよ。これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない)
頭の中にアラームが鳴り捲る。もぉ、肉体全てがデフコン1ってなモンだ(意味不明。
(歯に電極取り付けて通電させる拷問法って、そぉいえばあったよなぁ……)
今度、尋問の機会があったら、試験的に試してみようと思いつつ、自分の口の中を、鏡で見てみる。
「……」
わからない。ので、爪楊枝でつついてみる。
ピキィィィィィィィィィッ!!
「!! 〜っっ!! よりにもよって……一番の奥歯が……」
ゴロゴロと転がりながらガイは悶絶し、その激痛に耐えた。
こうしてはいられない。すぐに何とかせねば。
そう思い立ったガイは、机に向かって筆を握った。
「あー、カンペキ虫歯だねー、兄さん」
兄の大口を覗き込みながら、レイ=オーガブラッドは暢気に言い放った。
「ンなこたぁ分かってる……それより、痛み止めと治療薬持ってきたんだろぉな?」
「んー、コレねぇ……抜かないとダメだなぁ……ま、親知らずだし、何時か抜かないといけないモノだから、手間が省けたと思えば良かったんじゃない?」
「親知らずだったんか、コレ!? 単なる奥歯だと思ってた」
仮にも、医術のプロ……薬草術を中心とした薬理が専門とはいえ……の集団の、長たる立場の後継者とは思えない衝撃発言に、レイは嘆息した。
「兄さんの適正審査の成績は知ってるつもりだったけど……ココまでとは」
「ンな事より、痛み止めで何とかしろ。薬よこせ薬」
「えーと……『偽薬効果に期待』と『心臓と一緒に痛みを止める』と『苦痛ごと五感の認識まとめて永久に脳から削除する』。どれがいい?」
「折角だから、抜いてください」
レイの言葉を聞いて、やおらシオらしくなるガイ。
「うむ、その身をもって、少し医術のスキル伸ばしたまえ」
にべも無く、兄に死刑宣告を言い渡した弟は、そのまま立ち上がった。
「って、ちょっとまて。お前が抜いてくれるんじゃないのか?」
「僕は内科……それも、薬理が専門だって、知ってるだろう!?」
白衣姿に、日本刀なんて持ち歩いてるから、よく外科医とカンチガイされるのだが、面白い事に事実である。
「むぅ……たまに社会の癌とか見かけたら『オペ』してるくせに、応用が利かない奴だなぁ」
「……ついでに『薬師の里の癌』も切除してあげよぉか? バッサリと」
愛刀の鯉口を切るレイ。目が洒落になってない。
「ううう……歯が治ったら覚えてろ。
ってぇと、歯科医……は、この国居ないから、せめて外科医に見て貰う必要あるよなぁ……」
と、その時点で、再びガイは……虫歯の苦痛とは別の意味で、恐怖し、戦慄した。
「いらっしゃーい、おじさん♪ って、あれ?」
エレジタット某所。
その主を知る者は絶対近寄る事なき、研究室……もとい診療所を訪れた二人が、その主と顔をあわせたのは、午後になってからだった。
「弟のレイです。兄のガイが、いつもお世話になってます」
「あ、どうもー。お世話してます、本当に」
「大変でしょぉ? なんか、今日もココに来るのに『頼むからついてきてくれ』って懇願されちゃいまして、はっはっはっはっは」
「ええとっても大変ですよぉ。このあいだなんか……」
「……本人目の前にして、いい根性してやがるな、二人とも」
呟くようなガイの言葉を、レイと赤毛の女性……マカラ嬢は、挨拶と雑談でサラッと流した。
「で、何か用あったっけ? このあいだ頼まれた魔法は渡したけど」
「いや、歯がちょっと痛むんだ……」
「あ、そうかー♪ じゃ、この台に寝てー」
そういうと、診察台……というか、むしろそれは……
「血痕に、皮ベルト……って、これ腑分け台……」
「細かい事は気にしない気にしない。で、どれぶち抜くの?♪」
「……左の虫歯化した、親知らず『だけ』お願いします。くれぐれも、別の歯を抜かないよぉに!」
半ば、哀願するよぉに頼むガイ。何せ、エレジタットの『マッドドクター紅白の双璧』のうちの『紅』の称号を、クローン元の母から継承した人物である。『お任せ』でやったら、何されるか分かったものではない。
「はーい、わかりました……チッ」
そう言って、無造作にマカラ嬢が、口にペンチを突っ込もうとした、その時……
「あ、あと……麻酔お願いします」
「気付かれたか……余計な知恵ついてると面白くないなぁ」
「医学知識以前の問題じゃい!!」
そう怒鳴られ、渋々ながら、注射器を取り出し……ふと、手を止めるマカラ嬢。
「オジサン、麻酔って効いたっけ?」
「……あ」
ふと、思い出す。ガイは故郷で対毒物の訓練を受けている。そのため、麻酔や薬物の影響を受けにくいのだ。
「局所麻酔、効くかなぁ……ただでさえ、歯とかは効き難いのに」
「ああ、難しいですねぇ……兄さんの薬物耐性、結構群抜いてましたから」
何時の間にやら、レイまで参加してる。
「しょうがないんで、麻酔抜きでお願いします」
「はーい、わかりました」
「ちょ、ちょっとマテェェェェェェッ!!」
マッドドクター二人の会話を聞いて、解剖台……もとい、診察台で泡を食うガイ。
「ま、麻酔抜きで親知らずズッポシは、厳しいのではないでしょぉか!?」
「しょうがないでしょ兄さん、他に手段ないんだから」
「そうそう♪ 大丈夫、私の母様なんて、麻酔抜きで切ったり縫ったり抜いたり改造したりしたんだから」
「いや、それはちがうだろ! ってか、おいコラ! 皮ベルトの上から、針金巻いてんじゃねえ!!」
ニコヤカな表情で、ぐるぐると『診察台』にガイの体を固定する、レイ&マカラ。なかなかいいコンビである。
「兄さん、暴れると危ないよ」
「はーい、ほら痛かったら……我慢ですよー」
そして、無理矢理ペンチがガイの口に突っ込まれ……
『せーの!!』
ミキミキミキミキ
即席コンビのワリに妙に息の合った二人が、ペンチで歯を引っこ抜こうとする。
「みげろぼげぐるあがらごれごらがらぐおあああああああああああああーっ!!!!!!!」
『よっこいしょ!』
メキメキメシメシ
「おげらごらがあがらごあらヴぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
天地を揺るがす絶叫が、建物じゅうに響く響く。が……
「あー、ダメだ……変な風に引っかかってる。ってか、今気がついたんだけど、ガイさん歯が真横から生えてるんだ……」
「ああ、どうもそのよーですねー」
「レントゲンくらい取れーっ!!」
能天気なマッドドクターコンビの所業に、悶絶するガイ。
「しょうがない、ドリルで分割しましょう♪」
「分割って……ど、ドリル!? って、まさか、ちょっとまて!」
泡を食うガイを無視して、マカラの手に、まるで削岩機みてーなドリルが握られる。
チュイィィィィィィィィィィィィィィィィ!!
「はーい、痛かったら我慢ですよー」
「頭動かさないでねー」
弟にガッシリと頭を固定され、再び凶器がガイの口内へ。そして……
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ドリルの削歯音と、魂の雄叫び。そして、摩擦による若干の焦げ臭い異臭が、あたりに広がっていく。
が……
「あー、ダメだ……ドリルのほうが、ダメになっちゃった……硬い歯ねぇ」
「鬼族ですからねー、一応。骨格頑丈にできてるし」
「……き、貴様ら、後で覚えてろ」
最早、精魂尽き果てた表情を、診察台……否、拷問台で浮かべるガイ。だがそこで、レイはさらに情け容赦のない宣告を下した。
「しょうがない、最終手段です。爆断しましょう」
「爆断?」
疑問符を浮かべるマカラ嬢に見えるよう、提案したレイの指先に小さな焔が生まれる。
「元々は、工業用の技術なんですけどね。指向性の強い特殊な火薬で爆圧を集中させて、鉄板や鉄骨を切断する技術なんですが」
説明をしながら、レイは一本の金属メスを手に取った。
「こんな風に、呪文で応用するんです」
指先の小さな焔が、メスの柄に輪を描いて絡み……パン、という乾いた音とともに炸裂。綺麗に金属製メスの柄は、切断、分離された。
「まあ、うっかり調整間違えると、他の歯までトバしちゃうかもしれないけど……兄さんなら大丈夫でしょ♪」
「そうですね♪」
「まてーっ、貴様らーっ!! やめろこらーっ! 洒落になってネェーっ!!」
最早、恥も外聞もなく絶叫するガイを無視して、レイはマカラ嬢にやり方を教えている。
「どう? 出来ます?」
「はい、要領は掴みました」
そして、無理矢理弟にこじ開けられた口に、マカラ嬢の指が突っ込まれ……
チュッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
どこぞの某無軌道バカ天使張りな爆音が、大地を揺るがした。
「……あー『ちょっと』失敗しちゃった」
「どんまい、気にしない気にしない♪ 他の歯は何ともなってないし、兄さんだし♪」
笑顔のまま、ヒデェ事をのたまうレイ。
「……もふっ……」
一方、ガイは口から煙を一つ吐いて動かなくなった。
「さあ、砕けた歯を、切除しましょう」
ミシミシベキベキバキバキ!!
「ア・ア・ア・アッ!!」
ボキッ!!
「ガアアアアアアアアアッ!!」
「よし、『半分』とれた♪」
余りの激痛に覚醒したものの、悶絶し、叫ぶしか出来無いガイ。さらに、情け容赦なくノミのようなものが突っ込まれ……
バキッ! ゴリッ! ミシッ! ボキッ!
「ッドアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
魂すら吐き出さんばかりの叫びが、研究室に轟き渡る。そして……
ボコッ!!
今まで響き渡ってきた音に比べ、はるかに小さく間の抜けた音と共に、再びガイは静かになった。
「どうも、お疲れ様」
「いやいや……耳栓しといて、正解でしたね」
診察台でグッタリとしたまま動かなくなったガイを無視して、二人はちゃっちゃと器具の後始末をしていた。
「……あ」
「?」
「うっかりしてたなぁ……そうだ、コレ持ってきたんだっけ」
と、ポリポリと頭を掻きつつ、レイは懐からなにやら長い針が数本入ってるケースを取り出した。
「何も、薬品麻酔は無理でも、針麻酔はちゃんと兄さんにも効いたんだっけ……やー、うっかりうっかり♪」
などと言いつつも、レイの目は確信犯のソレであった。対毒訓練を積む者の多い薬師の里では、薬品による麻酔よりも針麻酔のほうがポピュラーなのである。
「……忘れないで下さいよー。耳栓越しとはいえ、鼓膜がどうにかなったかと思いましたよ」
「いや、悪い悪い。ちょっと五月蝿い手術になっちゃった……って、アレ、兄さんは?」
ふと、気がつくと、ガイの姿が消えていた。
「え、そこの台の上に……って、あれ?」
と、その時だった。
ブバン!!
『!!!!』
診療所の扉を蹴り倒して現れたのは……右手にアイアンクロー、左手にチェーンソー。ホッケーマスクにツバ広の帽子を被り、神々が寄越した死刑執行人(エグゼキューショナー)と某街の悪夢を、その身に同時降臨させたガイの姿だった。
「え、えとぉ……」
「そのぉ……」
「キルゼムオール(皆殺しだ)」
二人が、何かを口走るより早く……山吹色のオーバードライブを起こした殺意のパトスが、思い出裏切り倒しまくって効果音つきな程ヒートに、ガイは跳躍。アイアンクローとチェーンソーが一閃した……
その日……男と女の絶叫と共に、エレジタットの住民は、正体不明の『暗黒色のキノコ雲』とでも形容したくなる現象を目撃したが……発生した場所が場所なだけに誰も深くは追求する事は出来ず、やがてその噂は人々の記憶から忘れ去られていった。
『……………………………』
かつて、そこにあった研究所……もとい『診療所』だった建物は、ポッカリと研究所の建物や地面ごと綺麗サッパリと『消滅』し、スプーンでえぐりぬいたようなクレーターが出現していた。
「な、何……『アレ』は?」
「さ、さぁ……」
真っ青な顔になって『クレーター』の外で腰を抜かすマカラとレイ。その顔は『見てはいけないモノを見てしまい、命からがら逃げ出した』ような……おそらく、そうなのだろう……そんな顔だった。
「とりあえず……僕が言えることは」
『爆心地(グラウンド・ゼロ)』に横たわったまま、ピクリとも動かない兄を見ながら、レイは一言言い放った。
「損害賠償、および支払い請求は、兄さん宛でおねがいします」