チチキタル――ドリダッド砦のそれさえもおそらくは平凡な一日


「ふむ……」
 本が並ぶ書斎――というか、寧ろ図書室といった趣の部屋。そこに、一人の初老の男が、対峙する青年から報告を受けていた。
「ルドルキア王国……か」
「ええ、そこで暫く世話になるそうで……」
「なるほど、まぁ、若いうちは無茶をしておくものだ。何れ、そんな事もできなくなるからな」
 その言葉とは裏腹に、初老の男――ガフ=オーガブラッドは、深々と期待を裏切られたという、溜息をついた。
(あ、落胆してる)
 青年――レイ=オーガブラッドは、そんな微妙な父の表情を見て、少々複雑な気持ちになった。少なくとも、温和で温厚な仮面の『中身』を知っているだけに、素直に同情する事が出来ないが、それでも、あの放蕩無軌道男に関しての見解だけは、ほぼ一致している。
「ところで……アレは今、どんな具合だ。変な事にはなってないだろうな?」
「あー、特にそういった事は……私の知りうる限りは」
 いつもの問いに、いつものように答えるレイ。
「相変わらず、か……」
 その答えに、いつものように笑みを浮かべるガフ。だが……今日に限っては、目が笑ってなかった。
「よし、行こう」
「……え?」
「ちょっと、ガイの様子を見て来よう。何があったのか知りたい」
「あの……」
 言うが早いか、ガフは旅支度を整えると、妻であるミアに『ちょっと遠くへ出かけてくる』とだけ告げてサッサと家を飛び出してしまった。
「大変だ……あうぅっ、胃薬ーっ!」
 蒼白になったレイを、持病の胃痛が襲った……

「やぁ、はにぃ〜♪」
「誰が『はにぃ〜♪』じゃボケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
 ズッゴーン!!
 休日。朝からパパゲーナマグナムの炸裂音を、ドリダッド砦――奇人変人の巣窟と称される場所――に轟かせ、某無軌道天使を地平の彼方に埋葬したガイは、足早にエルメバルダ――国王や高位役職者の常駐する、官公庁街へと足を向けた。
「まったく……血痕死期を上げてからっちゅーもの、どーしてこー……」
 頭を抱えながら、ガイは深々と溜息をついた。
「ちょいと悪乗りが過ぎたよなぁ……」
 なんぞとぼやきつつ、情報局の扉をくぐる。親衛隊のお仕事はお休みでも、こっちの仕事はキッチリあったりする。
「ウィッス、今日の報告と記事っす。んじゃ」
 とはいっても情報局の仕事は、普段さほどたいした事はない。外交に関して公式発表されているニュースをまとめ、それを記事にするだけだ。それが当番制で回ってくるため『情報局』と言うより『新聞局』という方が正しい。
 この日も、前日に纏めてあった記事の報告と提出だけだった。
「さて、お仕事終わり……と。息子と探索兼ねてピクニックにでも行くかなぁ」
 そう言うと、ガイはエルメバルダの城へと足を向けた。ちなみに現在、二人の息子とは諸々の事情で別居中である。
「〜♪」
 鼻歌交じりに軽い足取りで、ガイは二人の住まいを目指した。

「もし……一つ聞きたいのだが?」
「めう?」
 天使と闇天使の少年二人が、首を向けた先には、一人の初老のゴブリンが立っていた。杖を持ってはいるが突いてはおらず、背筋もピンとしており声にも張りがある。
「ドリダッド砦のエリア1地区へは、どのようにして向かえばよいのかな?」
「ああ、パパの家のある所ですー♪」
「丁度同じ地区でスー♪ 一緒に行くです、おじいちゃん♪」
「そうかい、それじゃあ、案内を頼もうかねぇ」
 そういうと、老人は少年二人――アベルとカインと一緒になって、歩き出した。

災害情報:200×年/○月/×日/12:00 エレジタットのドリダッド砦のエリア1、8番地に、オヤジの襲来発生

「んー、入れ違いだったとはなぁ……」
 自宅への道を歩きながら、ガイはぼやいた。
「ま、自宅で待ってれば、来るだろうし……気長に待つか♪」
 そう言うと、家の扉を空け……鍵が掛かってない事に気がついた。
「なんだ、二人とも来て……!?」
 と、奥のほうにもう一人、何やら異様な波動を感じる人物がいる事に気がついた。
「それで、ちゅどーんさんと、血痕死期を挙げたでス」
「パパがお嫁さんでー、ちゅどーんさんがお婿さんだったそうでスー♪」
「ほぉほぉ……おや、お帰り、マイサン♪」
 ぎぎぎぃ……という音がしそうな動きで、ガイの方を向いた老人――ガフ=オーガブラッドは、殺意が混じった微笑を浮かべて、ガイを迎えた。あまつさえ、孫二人に見えない部分には、カンシャク筋がミッチリと浮かんでいる。
「あ、パパーお帰りー」
「ピクニック行くでスー♪」
 二人の息子に抱きつかれながらも、ガイの表情は微妙に凍りついたままだった。
「お、おう、ただいま……」
「二人とも、ちょっとごめんね。君たちのパパに『ちょっと』話があるんだ」
 そう言うと、まるで若侍を絡め取る化け猫のよーに、くいくいとガイを手招きするガフ。
「ごめん、二人とも……ピクニックはもしかしたら行けなくなるかもしれない……トコシエに」
 微妙に絶望的な表情を隠しながら、あくまで二人に悟られないよう、ニコニコと諭すガイ。
「えー」
「めぅーっ」
「悪いね。ちょっと外で遊んでらっしゃい。はい、お小遣い」
『わーい♪』
 小銭を手渡し、外へと出る二人。そして扉が閉じられた瞬間……

「くぉのどら息子がぁっ!!」(木が砕ける壮絶な破砕音)
「何しに涌きやがったオヤジぃ!」(同じく、ガラスが何かにぶつかる音)
「やかましい! 他人の嫁になった挙句に、息子二人こさえて連絡もせんとしゃあしゃあと!」(椅子で人体を殴打する音)
「いってぇっ、やりやがったなっ!! 大体、誰と結婚しようが養子貰おうが俺の勝手だろうが!」(同じく、ガラス瓶が人体に叩きつけられて割れる音)
「黙れ馬鹿息子! だいたい何なんだ血痕死期ってのは、ああ? 雑賀の里の一件で懲りもせんとまた成り行き任せで馬鹿やりおってからに!」(戸棚が倒壊し、中の食器が割れまくる音)
「ええい、ジョークの通じない野郎だなぁっ、ネタだネタ、ネタ婚だっちゅーんじゃーい!」(食卓がひっくり返る音。調味料のビンが砕けたようだ)
「ネタで通じれば人生苦労はせんのじゃこのクソガキャーっ!」(酒場の壁から外に杖の先端が飛び出しまくる。どうも連打で突きまくってるらしい)
「うっわ、ヤメロバカー! 俺の家壊すんじゃねぇ!」(バキバキと家の支柱が折れる音。どうもそう言いながらも、部屋の中で愛剣振り回してるらしい)
「やかましいわっ! いっぺん貴様の頭蓋骨カチ割って、脳味噌洗ってやるわ、死ねい!」(レーザービームちっくな光条が、壁を貫通して飛び出しまくる。どうもガフの必殺技らしい)
「余計なお世話だくそぢぢぃ! そっちこそテメーの頭蓋骨に穴ブチあけて、その硬いノー味噌サムターン回したるドワレぇっ!!」(その反対側から、真っ黒い風の刃が数発飛び出す。こっちはガイの必殺技のようだ)

『……』
 だいたい……この辺までだろうか、アベルとカインの二人が聞き取れたのは。
 後はご近所迷惑極まりない、意味不明かつ連続的な、怒声と破壊音。それと家を破壊したり貫通したりしながら飛び出す双方の必殺技の爆音だけであった。あまつさえ、天魔爆雷、守地、爆炎などハイレベルな呪文がガフの方から飛び出しまくる。この状態で、家が原形留めているのは……奇跡としか言い様が無い。
 と……
「あらあら……二人とも……ご近所迷惑でしょうに」
 不意に現れた、一人の柔和な物腰の初老の女性が、テクテクと修羅場絶頂な家に入っていく。そして……
 ビシッ、ドガスッ!!……シーン……
『……』
 なにやら、一際モノスゲー音とともに、家は静寂をとりもどし、その女性が説教をしているらしい音が聞こえ始める。そして……
「お騒がせしました。うちの息子をどうかよろしくお願いします」
 ペコリ、と頭を下げ、なにやらボロゾーキンと化した物体……ガフを引きずって、初老の女性は去っていった。

 かくて……ルドルキア王国のドリダッド砦を襲った、最大の『局地的災害』は、4時間で幕を閉じる事となった。

災害情報:200×年/○月/×日/16:00 エレジタットのドリダッド砦のエリア1、8番地に、オフクロの襲来発生

カイン・ディーア=オーガブラッド、後に述回す。
「地震や雷や火事を、息子に向けて連打する『オヤジ』を、初めて見たでス……」

アベル・ディーア=オーガブラッド、後に述回す。
「パパが言ってた『邪魔する奴らを指先一つで爆殺しながら、引かぬ、媚びぬ、省みぬと覇道を征きまくる世紀末生命体』を、初めて見たでス……」

ガイ=オーガブラッド、後に述回す。
「いつもの事です……ええ(吐血)」




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