真夜中過ぎ、オレが近所を散歩してるときのことだ。
 真っ暗な道端に一匹の大きな黒い鳥が落ちていた。単に羽根広げてうずくまっていたんだが。
 ま、猿も木から落ちれば、鳥も空から落ちるってな。だが、よく見るとありふれた"吸血コウモリ"でも"ギヴェン鳥"(エレジ生息の肉食中型鳥な)でも無かった。
 黒くゆったりとした羽毛を生やした体躯に白い骨が剥き出しになったような面、自称"黒の語り部"、一般に"骨面鴉"と呼ばれる冥府にのみ生息してる筈の怪鳥だった。
 こいつは冥府に散在する死者の魂の欠片、つまりは残り滓を食して生きる、極無害で温厚という冥府の生き物っぽくねえ生き物だ。人並みの知性と会話能力はあるようだが、普段はその自称の示すように意味不明なことを語るだけだ。冥府でオレが初めて出くわしたとき、こいつの仲間に道を尋ねたんだが、聞きてえことを聞き出すのに一苦労した。また定期的に"集会"を開く奇妙な性質があって、一本の大木に十数羽の群れを成して留まっている姿はなかなか圧巻だったな。うむ、正直、こいつ、カッコイイ。
 さて、この一匹はいわゆる、はぐれというヤツだろう。冥府で稀に発生する空間の歪みに嵌り、外界へ飛ばされてしまったのかもしれねえな。冥府との接点が強いエレジタットだからこそ起こりうることだ。
「おい、こんな道端でブッ倒れてっと化け物とカンチガイされて始末されちまうぜ、骨面の?」
 オレはハクアイの精神とやらで話しかけた。鴉は暫し怪訝そうな面(ま、そんなカンジだった)をしてから口を開いた。
「深スギルホドニ底知レヌハ世界ノ在リ方ナルカ。人族ノ者ヨ、一ツ尋ネタイ。此処ハ何処カ?我ハ恒赤ノ空へ帰リタイノダ」
 恒赤の空、つまり、冥府の空ってことだな。一般的に冥府の空は真っ黒なイメージが強えみてえだが、ホントのとこは血のように真っ赤だ。何がそうさせてるのかは不明だが。
「残念だが、それはちょっとムズカシイぜ。此処は生者の国だからな」
 オレが告げた真実に鴉は目を丸くしたようだった。元から丸かったがね。
「生者ハ等シク死ニユク者ナレバ、恒赤ノ空ノ下コソ最後ノ地。帰ルニハ死ヌガ定メカ?」
「さてな。死んでも帰れるとは限らねえぜ。下手したらお仲間のエサになるだけかもな」
 オレは冷たく言ってやった。基本的に外道だからよ。ま、けっこう当たりかもしれねえしな。とは言え、こいつの仲間には少なからず冥府で世話になったわけで。何とかしてやろうかと考えたのさ。オレってかなり親切なヤツだろ?よく言われる。
「よっしゃ、ここは一つ、オレに任せろや。お前さんを何とか生きたまま、冥府に送り届けてやるぜ。付いてきな」
 そう言ったオレの頭に浮かんでたのはある人物。オレとか前に冥府に行ったことがあるとは言え、命かけてまであんなとこ行きたくねえしな。大体、また生きて帰れるか分からねえようなとこに一緒に行くほど阿呆じゃねえよ。で、他に何とかしてくれそうなヤツを考えたところ、思い当たったのが一人っつうこと。
 鴉はまた怪訝そうな面をしてからひょこひょこオレの後を歩いてきた。どうやらこっちの空は飛べねえらしい。ふと、ペットにしてやろうかとも思ったが、そんなのに甘んじるほどバカな鳥じゃねえ筈だし、主食の魂の欠片無しでどれくらい生きれるのか分かったもんじゃねえしな。パッとあきらめた。

 暫くして、オレは目当ての人物が住んでるとこまでやってきた。オレは草木も眠る丑三つ刻?はっ、上等だぜ、とばかりに情け容赦無く、ドアを叩いた。ドアが十数回、悲鳴を上げた後、中の住人が扉を開けた。
「こんな遅くに・・・って、だるにーが深夜以外に来るはずないか」
 そう、オレが訪ねたのはエレジが誇る狂研究者がクローン娘、マカラちゃんことマカラちゃんだったわけで。寝起きらしくナイスな髪型に寝ぼけ面は幾人もの妹ゾクセーの悩殺して止まぬだろう、しかし、オレは姉ゾクセーなのだよ、と心ん中で呟いたことは秘密だ。
「ん?何その鳥?」
 オレは事情をちゃちゃっと説明した。マジ三秒で。ゴメン、ウソ。マカラちゃんは眠そうな目を何とかこじ開けつつ聞いていた。
「うーん、よーするにこの鴉ちゃんを冥界に帰してあげたいのね。だるにー、やっぱり、ときどき、やさしー」
「ときどきは余計だ」
 やんわりと突っ込んでおく。
「でも、まさか、この子が"鳥獣"ってだけで私んとこに連れてきたんじゃないよねえ?」
「んなわけねえだろ。マカラちゃんなら冥府関係も何とかなるかな、と思ってよ」
 内心、ハッ!と自分でも気付かなかったことを気付かされたのをキレイさっぱり流しつつ、爽やかに応対する、ナイスオレ。
「どうだかなー。ま、いいや。冥界のことなら母様が資料を残してるけど、送元呪文なんてあったっけなー?」
 とりあえず、二人と一匹で地下の資料庫へと向かう。棚に規則正しく並ぶ書物の海を渡り、海草を拾っては戻すマカラちゃん。何時の間にかメガネをかけてるマカラちゃんだが、しかし、オレはメガネゾクセーではないのだよ、と何をするでもなく眺めながら心ん中で呟くオレ。案の定、怒られ、一緒に探すことになったが、古代語で書かれた文章なんぞ読める筈も無く。現代語で書かれた『デーモンとの正しい契約法』でナイスバデーなデーモンちゃんをゲットする方法を学ぼうとしてみたり、『強制進化の全て』を流し読みしてセクシー美女とあんなことやこんなこととか考えてたら、ブ厚い本なのか凶器なのか分からねえものが頭をクリティカルした。飛んできた方を見ると、マカラちゃんが恐ろしい目つきでこっちを睨んでたんで大人しく探索再開と相なった。こうして甘くもクソも無えカビ臭え時がぺらぺらと過ぎ去っていった。

「あった!これとかいいんじゃないかな?」
 マカラちゃんが開いてみせた書物の頁にはびっしりと気持ちわるいくらい隙間無く書かれた古代語と、マホー陣が描かれていた。
「あー、いいもわるいもさっぱりなんだが。そのマホー陣で送れるわけか?」
「えーと、これには昔の召喚術士さんたちの、冥界の住人の非限定召喚方法が記されてるのよ。不完全な召喚法だから手に負えないものを呼んじゃったときの強制送元方法も書いてあって、このやり方で鴉ちゃんを送り帰せると思うよ。元々、冥界の生き物だとするとね」
「成る程。で、直ぐにも出来そうなのか?」
 マホー陣やらを使う術には何かと用意がいるのを知ってる賢いオレが尋ねると
「そうねー、だるにーの協力があれば」
 と答えたマカラちゃんの目がキラリと光った、ような気がした。皆まで聞かずとも背筋を走る冷たいものがあった。

 数十分後。用意はオレの"協力"により、滞りなく進んでいた。マカラちゃん宅のマホージッケン用広間には地べたに這いつくばり赤いマホー陣を描いてゆくマカラちゃんと、心配そうにオレを見上げる鴉と、蒼白で視界と足元がおぼつかないオレがいた。
 冥府送りのマホー陣は"マリョクを帯びた生き血"で描かれる必要があった、らしい。その血の供給源は活きのイイ、マジンなオレに他ならなかったわけで。冥府に行けそうなくらい大量の血を抜かれ、強壮剤は打ったものの、モーローとしてるオレを尻目にマカラちゃんがぼそっと「思わぬところで良い研究材料が手に入ったなー」と呟いてたのをオレは聞き逃さなかったぞ。クッソー、いつか思い知らせてやるってな。
「・・・よし、出来たー。鴉ちゃん、こっちおいでー。あ、描いたの、消さないようにね」
 喜々としてマカラちゃんは鴉をマホー陣の真ん中へ招き、とてとてと哀くるしさを振りまきながら鴉は定位置に収まった。
「後は呪文の詠唱でオッケーなはず。冥界の何処に着くかまでは指定できないけど、そこからは自分で何とかしてね?」
「人ノ血ノ赤キハ彼ノ空ノ如ク、人ノ知ノ深キハ其ノ情ケニ等シク。承知シタ。汝ラノ尽力、真ニ痛ミ入ル。汝ラガ恒赤ノ空ノ下ヲ訪レルコトアラバ、我ラ"黒ノ語リ部"ハ喜ビヲ以テ迎エルダロウ」
 ややこしい台詞で礼を言った鴉は厳かに羽根を広げて閉じた。ヤツなりの礼の示し方だったのかもしれねえな。
 マカラちゃんの古代語の呪文の詠唱が始まり、間もなくマホー陣が赤く光を放ち始める。次第にその光が鴉を包んでいき、詠唱が終わるのとほぼ同時に鴉は眩い光と共にかき消えた。
「さてはて・・・後は無事に着いてることを祈るのみか・・・あァ?!」
 オレが浸る隙も無く、マホー陣と同じ赤い光がオレを包み込み始めた。
「あ、もしかして、だるにーも行ったことがあったから反応しちゃっ・・・」
 マカラちゃんの呟きが耳に入るのとオレの視界が赤く染まるのとほぼ同時だった。

 ふと気が付けば、目の前には見覚えのあるような光景が拡がっていた。くらくらするのは血が足りねえせいだ。絶対にそうだ。ただ漠然と何処までも続いているような生気に欠けた渇いたどす黒い大地に、太陽も月も無く朝だか昼だか夜だかも分からねえ、眼が眩むような深紅の空なんて見たことあるはずが無えんだ。絶対に!
「こ、此処は・・・此処ハ何処ダァァァーーーーー!!」
 恒赤の空の下、ぽっつーんと立ちつくすオレの虚しすぎる叫びを聞いていたのは飛び去っていく一羽の鴉だった。

 後日談。
 貧血と空腹と冥府の亡者どもと戦ってたところを無事、マカラちゃんに召喚されたことは言うまでもなく。二日後に。めでたしめでたし?なわきゃねえよ。



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